2012/10/16

現在を生きる子どもたち

この時間が一歩先の豊かな育ちにつながる

ツバキの実を拾う様子から見えてきたもの

ある日のことです。愛育センター前の庭先で、子どもたちの声が何やらいつもと違った騒がしさを放っていました。近づいてみると、一生懸命にツバキの実を拾っています。そして、ほとんど拾いつくし、停めてある車の下にまだあると言うのです。「車を動かそうか」と声をかけると「ダメ、つぶれちゃうから。腕を伸ばせば拾えるよ」と這いつくばって「ひとつ、ふたつ……」と拾っていきました。

やった! やった!
やった! やった!

いくつか残っていたようで、2〜3人の子どもが交代で腕を伸ばしますが、なかなか腕が届きません。私が「手伝うよ。先生の方が少しは腕が長そうだから」と地面にペタッと体をつけると、ひとりの女の子が「園長先生、服が汚れちゃうよ」と心配して声をかけてくれました。
「いいよ。パッパとすれば、ほら、キレイになっちゃうから」ともう一度腕を伸ばそうとすると、もうひとりの男の子が「僕、もう一回やってみるから!」と……。一生懸命に腕を伸ばして2〜3個のツバキの実を拾い上げると、その場にいた子どもたちと「すごい! やった! やった!」と喜び合いました。

何気ないひとコマが、育ち合いを感じる貴重な場面

結局、私は“ちょっと一回試そうかなぁ”とポーズをしただけに終わりました。本当に何気ないひとコマ。むしろ「そんなところに車なんて置かないでよ」とお叱りを受けるようなことです。しかし私には、子どもの育ち合いを感じる貴重な場面でした。

子どもの育ち合い
子どもの育ち合い

私が地面に這いつくばって腕を伸ばそうとしたとき「服が汚れちゃうよ」と言ってくれた子どもや「僕がやるよ」と言ってくれた子どもへ、とっさに「あなたの服も汚れちゃうから……」と言う間もありませんでした。その子はすぐ行動に移し、それをみんなで見守り、拾った2〜3個の実にみんなで喜びを分かち合ったのです。
子ども一人ひとりの心がどのように動いたかはわかりませんが、みんなでその場を共有し「あの実とれるかなー、とれたらいいなー」と息を凝らして見守りました。腕を一生懸命に伸ばして拾おうとした子どもに、同じ思いを寄せたのです。パッパと服の汚れを落とす姿は、とっても得意気でした。私は何もすることはありませんでしたが、すごく嬉しく思えたのです。幼稚園というところは、毎日の生活がとてもドラマチックなのです。

子どもにとって大事な『現在』を大切にしたい

ミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店)という児童文学作品があります。モモという女の子が時間泥棒と戦うお話です。時間泥棒とは「早く、早く」「もっと効率的に」という現代の大人の姿を象徴しているのでしょう。この本は現在をゆっくりと自分らしく生きることの大切さを述べ、現代社会への痛烈なメッセージを投げかけています。

本来、子どもはスローな存在だと思います。道を歩いていればすぐに立ち止まって、小さな虫をもみつけてしまいます。大人から見たら無駄なことを、何度でも試します。大人は早く目的地に着きたいのでイライラしますが、子どもにとってはこの『現在』が大事なのです。
ツバキの実拾いも「もういっぱい拾ったから、車の下にあるものはあきらめなさい」と言ってしまえば、それまでです。ここでのこの時間の子どもの姿が、一歩先の豊かな育ちにつながっていくような気がしています。

豊かな育ちにつながる大切な時間
豊かな育ちにつながる大切な時間

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